2009年06月20日

イオン化された試料を分離する部位であり

イオン化された試料を分離する部位であり、質量電荷比の近いピークを区別する能力(質量分解能)と測定可能質量範囲の二つの要素が重要である。要求される特性によって、磁場偏向型、四重極型、イオントラップ型、飛行時間型、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型などの方法が使い分けられる。

磁場偏向型は、イオンを磁場中に通し、その際に受けるローレンツ力による飛行経路の変化を利用する分析法である。二重収束型は磁場偏向型の一種で、磁場と電場の両方にイオンを通すことでイオンの初期角度の拡がりと初期エネルギーの拡がりを収束させる(二重収束)ことができるため、高分解能測定が可能になる。小数点以下4桁の高分解能が得られるため、ミリマス測定が可能。
四重極型 (Quadrupole, Q) は、イオンを4本の電極内に通し、電極に高周波電圧を印加することで試料に摂動をかけ、目的とするイオンのみを通過させる分析法である。測定可能な質量範囲はm/z4000程度まで。イオンビームが通過中に電圧を変化させることで通過できるイオンの質量電荷比が変化し、マススペクトルを得ることができる。小型で比較的安価であり、また高速走査ができるため LC/MS などに適している。一方、質量走査範囲が狭く、測定元素への干渉を引き起こし分解能もあまり良くないのが欠点である。
イオントラップ型は、イオンを電極からなるトラップ室に保持し、この電位を変化させることで選択的にイオンを放出することで分離を行う。比較的安価で分解能も高いが、定量性の低さが欠点である。
飛行時間型 (Time-of-Flight, TOF) は、イオン化した試料をパルス的に加速し、検出器に到達するまでの時間差を検出する。すなわち、イオンが受け取るエネルギーは電荷量が等しければ一定であるため、質量電荷比が大きいものほど飛行速度が遅くなり、検出器に到達するまで時間がかかる。この時間差を検出することで質量を割り出すことができる。原理上測定可能な質量範囲に制限がなく、また高感度である。
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フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型 (Fourier-Transform Ion Cyclotron Resonance, FT-ICR) は、イオンを静電場と静磁場のかかったセルに導入し、イオン運動を励起するための高周波電圧を印加してイオンの周回周期を検出し、サイクロトロン条件から質量を算出するものである。極めて高分解能でありミリマス測定が可能であるが、価格が高い。
タンデム型は、上記の分析法を複数組み合わせる方法である(イオントラップと FT-ICR は単一の装置でタンデム質量分析が可能)。まず第一の分析計で特定のイオンだけを取り出し、これを何らかの手段で解裂させ、生じたフラグメントイオンを第二の質量計で分析する。試料が混合物の時や生体分子の構造解析などに利用される。一般に MS/MS (マスマスあるいはエムエスエムエス)と呼びあらわす。
以上の「イオン源」と「分析計」の間にはかなりの相性がある。特に MALDI-TOF の組み合わせは、”高分子量まで適用できるイオン源”-”高分子量まで適用できる分析計”であるため、それ以前は困難であった高分子(ポリマーや、タンパク等)の分析において有名となった。現在においても、よく用いられている。

2009年06月02日

コミンテルンは1919年3月2日から6日までモスクワで

ロシアの内戦を背景とし、コミンテルンは1919年3月2日から6日までモスクワで催された世界大会の中で結成された[3]。19の会派と組織がその大会を援助し、34会派からの52人の代表が出席していた[4]。執行委員会は最も重要な部門の代表で組織されること、及びコミンテルンに参加していた他の会派はそれ自身の代表を得ることが決定された。執行委員会がコミンテルンの雑務を処理するために5人で構成される事務局を選出することも大会で決定されていた。しかし、そのような事務局は設置されず、レーニン、トロツキー、及びクリスチャン・ラコフスキーは後にそのコミンテルンの業務を執行委員会の議長としてグリゴリー・ジノヴィエフに委任した。ジノヴィエフはコミンテルンの書記として活動したアンジェリカ・バラバーノフやヴィクトル・セルジュ[5]、Vladmir Ossipovich Mazin[6]に補佐されている。
寝具 予備校 産業 エステ 信越北陸 美容室 求人募集 占い 人探し 興信所 抜け毛 アウトドア 介護 バイク 専門学校 ホテル セミナー 水族館 ダイエット 増客対策 若返り 行政書士 ローン 介護 仏壇 アレルギー 電器製品 学習 植物 プリスクール 公園 矯正 海外留学 予約 バスト ビジネス ダイエット 介護サービス 料理 介護 離婚 アレルギー サプリ 外国語 ショップ 通信教育 旅行 サプリ 特産物 やせる

議題はレーニン、トロツキーとアレクサンドラ・コロンタイによって提出された。議論された主な議題は、「ブルジョワの民主主義」と「プロレタリアートの独裁」との違いであった

この中で出席したものは: ロシア、ドイツ、ドイツ・オーストリア共和国、ハンガリー、ポーランド、フィンランド、ウクライナ、ラトビア、リトアニア、ベラルーシ、エストニア、アルメニア、ボルガ川ドイツ人地区の共産党; スウェーデンの社会民主左派党(野党)、Balkan Revolutionary People's of Russia;Zimmerwald Left Wing of France; チェコ、ブルガリア、ユーゴスラビア、英国、フランス、およびスイスの共産グループ; オランダ社会民主グループ; アメリカ社会主義プロパガンダ連盟とアメリカ労働者党; 中国の社会主義労働者党; Eastern People's, and the Zimmerwald Commissionの中央事務局に置かれた韓国労働組合、トルキスタン、トルコ、グルジア、アゼルバイジャンおよびペルシャ部局

2009年04月29日

異端とみなされた諸派・思想

仮現説(ドケティスム) 人間としてのキリストは見せかけのもので、あくまで神的存在であったと考える。 w:Docetism

語学・学校関連教育ジャンプサイト
水族館・旅行関連ツアー紹介
フレグランス・バストアップ関連コスメグッツネット
SEO対策・SEM促進関連マネー生活ガイド
探偵・旅行関連快適生活ナビ
アレルギー・薬学関連健康・医学倶楽部ネット
菜園・おもちゃ関連ショッピングタウン情報
資格・検定関連暮らしの教育ナビ
動物園・交通関連宿泊タウン検索エンジン
若返り・香水関連美容・コスメナビ

グノーシス主義 ギリシャ語の知識(グノーシス)に由来。二元論的世界観。w:Gnosticism
エビオン派 2世紀、イエスは人間で神の養子である(養子論、養子的キリスト論)。処女懐胎を否定、唯一神の強調。w:Adoptionism
マルキオン派 2世紀のマルキオンに由来。旧約・新約の神を区別して旧約の神を否定、また、神が人間のように苦しむはずがないとしてイエスの肉体を否定する。グノーシス主義に近い。w:Marcionism
モンタノス派 2世紀、モンタノスが創始。禁欲的生活を呼びかける。テルトゥリアヌスも加わっていた。
モナルキア主義 3世紀、唯一神論ともいう。
天父受苦説 3世紀、様態的モナルキア主義ともいう。
サベリウス主義 3世紀、様態的モナルキア主義の一種。キレナイカのサベリウスが創始。
キリスト人間説 3世紀、動態的モナルキア主義ともいう。サモサタのパウロスなどが論者。養子的キリスト論に近い。
アポリナリオス主義 4世紀、ラウデキア司教アポリナリオスはキリストは人間の魂をもっていなかったと主張。w:Apollinarism
アリウス派 4世紀、キリストの人間性を重視し、神との同一視を否定。w:Arianism
ドナトゥス主義 4世紀、ドナトゥスが唱える人効論を支持。w:Donatism
エウキテス派 東方教会より分裂。w:Euchites
ルシフェル派 4世紀の司教ルシフェル・カラリタヌスに由来。w:Luciferians
単性説 4世紀、エウテュケスが唱える。w:Monophysitism
ネストリウス派 5世紀のコンスタンティノポリス司教ネストリオスに由来。w:Nestorianism
ペラギウス主義 5世紀、ブリタニアの修道士ペラギウスに由来。w:Pelagianism
プリスキリアヌス主義 5世紀のスペインで起こる。 w:Priscillianism
皇帝教皇主義 東方、特にビザンティン帝国において皇帝が教会を支配するあり方のこと。w:Caesaro-papism
カトリック教会 正教会などにより対抗的に異端認定される。
正教会 カトリック教会などにより対抗的に異端認定される。
アンリ派  12世紀、ロザンヌの修道士アンリに由来。w:Henry the monk
ペトロ・ブルイス派 12世紀、ブリュイのペトルスに率いられる。 w:Peter of Bruis
ワルドー派 12世紀。リヨンの商人ペトロ・ヴァルデスが創始。別名「リヨンの貧者」。w:Waldensians
ボゴミール派 10世紀、ブルガリア人修道士ボゴミールが創始。w:Bogomils
カタリ派 14世紀、南仏。アルビ(ジョア)派、パタリア派も同じ。Catharism
ソッツィーニ派 16世紀イタリアの神学者レリオ・ソッツィーニに由来する。
ジャンセニスム 17世紀、コルネリウス・ヤンセンに由来。w:Jansenism
ガリカニスム 教皇至上主義(ウルトラモンタニスム)に対抗。

2009年04月14日

袁オウ

袁 盎(えん おう、生没年不詳)は、前漢の人[1]。字は糸(絲)。安陵の人。漢の文帝、景帝時代の臣下。

父は楚の人間で群盗であったが安陵に移住した。呂后の時代、袁盎は呂禄の舎人となり、文帝が即位した後に兄の任子により郎中となった。

呂氏を打倒した丞相となった周勃は功臣で文帝を皇帝に推挙したひとりでもあるという理由もあり、文帝もへりくだっていたが、袁盎は文帝に「呂后の時代に太尉となり兵権を握りながら正すことができないでいた丞相は功臣であって社稷の臣ではありません。丞相が驕り陛下が謙譲するのはよろしくありません」と進言し、その後は文帝は威厳を見せるようになった。丞相周勃は「私はお前の兄と仲が良いのに、どうして私のことを誹謗するのか」と責めたが、袁盎は謝らなかった。その後、周勃が丞相を辞めて領国に帰ると、反乱を計画しているとの告発があって獄に下された。大臣たちは誰も彼を弁護しなかったが、袁盎だけは弁護し、そのおかげもあって周勃は許された。周勃はそこで袁盎と付き合うようになった。

淮南王劉長は審食其を殺すなど驕慢であったが、袁盎は文帝に領地を削るよう勧めたが文帝は許さなかった。しかし淮南王はますます驕り、反乱を計画してそれが発覚した。文帝は淮南王を蜀に遷そうとした。当時中郎将であった袁盎は「淮南王が道中で死亡したら、陛下に弟殺しの名が付いてしまいます」と反対したが、文帝は従わなかった。しかし淮南王は道中で死亡し、悔やむ文帝に対し袁盎は今度は文帝の美点を挙げて文帝の気持ちを和らげた。

あるとき、文帝が覇陵から険しい坂を下ろうとすると、袁盎はそれを止めた。文帝が「怖いのかね?」と聞くと、袁盎は「千金の資産家は落ちないよう堂の隅には座らないと言います。陛下の身に万一のことがあればいかがいたしますか」と諌めたので、文帝は坂下りを止めた。

また、文帝が皇后と寵姫の慎夫人を伴って上林に行幸した際、皇后と慎夫人が同等の座席であるのを見た袁盎は、慎夫人の座を下げたので、慎夫人は怒って座ろうとしなかった。袁盎は「尊卑の秩序がはっきりすれば上下が和するものです。陛下は皇后を立てており慎夫人は妾でございますので、どうして同じ座に座れましょう。寵愛なさるなら褒美を与えれば良いのであり、陛下のなさっていることは慎夫人に禍を与えているようなものです。「人豚」[2]の件をご存じでしょう」と諌めたので、文帝は喜び、慎夫人にもそれを話した。慎夫人も袁盎に金を下賜した。

袁盎は直諫が多かったので長く朝廷にいられず、隴西都尉となった。そこでは士卒に仁愛の心で接したので、士卒は彼のため争って死に赴くようになった。次いで斉の丞相、呉の丞相と遷った。呉に行く際、兄の子の袁種は袁盎に「厳しい統治を行おうとすれば呉王が刺客を送り込むでしょう。日々酒を飲んで仕事をせず、王には「反乱してはなりません」と言うだけにすれば危機を脱することができるでしょう」と言い、袁盎はそのとおりにしたので呉王劉濞は彼を厚遇した。

袁盎が都に戻ってきてから、道で丞相申屠嘉に出会ったが、申屠嘉は車上から挨拶するだけであった。袁盎は申屠嘉の元を訪ね、申屠嘉に対し天下の口を閉ざす態度では身を滅ぼすと説き、申屠嘉は失礼を詫びて袁盎を上客として扱った。

袁盎と晁錯は仲が悪く、お互いに相手が座っているとそれを避け、同じ堂で会話したことも無いというほどであった。景帝が即位すると晁錯が御史大夫となり、晁錯は袁盎が呉王の財物を受け取ったことを取り調べさせて有罪とし、袁盎は庶人となった。

呉王らが反乱を起こす(景帝前3年(紀元前154年)、いわゆる呉楚七国の乱)と、袁盎は呉王の企みを隠していたのではないかと晁錯は考え、彼を捕えようとした。それを知った袁盎は夜間に竇嬰の元を訪ねて呉が反乱に至った理由を語り、景帝との謁見を願った。景帝との謁見が叶うと、袁盎は呉が反乱した理由として晁錯の領土削減策を恨んだことだと語り、晁錯を処刑して呉に謝罪すれば呉は反乱を止めると説いた。袁盎は奉常、竇嬰は大将軍に任命され、長安中の者はこの両者につき従った。

晁錯は袁盎の計により処刑され、袁盎は和睦のために呉王の弟の子である劉通(徳頃侯)と呉へ向かい交渉したが、呉王は自分が皇帝になろうと目論んでおり袁盎を将軍にしようと誘った。袁盎は同意しなかったので拘禁し、殺そうとした。そのとき、かつて呉で助けてやったことのある人物が袁盎を逃がしてやったので袁盎は逃げることができた。

呉王らの反乱が終結した後、新たに楚王となった劉礼の丞相となった。その後病気を理由に辞任して郷里安陵に戻ったが、景帝は事あるごとに人をやって彼に意見を聞いた。梁王劉武が皇太子になろうとしていることについて、袁盎は反対したので、梁王は彼を恨んで刺客を送り込んだ。刺客が袁盎について聞き込みすると、皆が彼を絶賛した。刺客は袁盎に会い、「私は梁王より金を貰い貴方を殺すよう頼まれましたが、貴方が大人物であるので殺すに忍びません。しかし刺客はまだ何人もいますので、彼らに備えてください」と言った。その後、家に怪しいことが多かったので占いに出かけた帰りに袁盎は梁王の刺客に殺された。

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2009年03月30日

女性語

女性語(じょせいご)とは、女性特有の言い回しや言葉。

日本語の女性語 [編集]
江戸時代には、女性の話し言葉には地域や階層により大きな違いがあった。武家や町人の間では、「丁寧な言葉遣いを用いる」「漢語よりも和語を用いる」などが女性の言葉遣いとして望ましいとされ、また遊女言葉・娘言葉・武家の奥方の言葉など特殊な社会で発生した女性語があった。

現代の日本で一般的に認識されている女性語の起源は、明治時代の有産階級の女学生から広まった言葉遣い「てよだわ言葉」である。「よくってよ」「いやだわ」などの言葉の流行は、当時は「異様なる言葉づかひ」(尾崎紅葉)など文化人の非難の的になったが、結果的には中流以上の女性で女性語として定着してしまう。

1980年代ごろからは男女ともに「だよ」「だね」「じゃん」といったユニセックスな言い回しが好まれるようになり、1970年代以降に生まれた女性の間では女性語の多用はされなくなった。女性語は現在では中年以上の女性が用いるほかはオネエ言葉に誇張された形で残っている。

話し言葉としては衰勢にある女性語だが、役割語としては現在もよく用いられる。特に男性作家による作品中ではしばしば多用される。女性作家による作品中では、女性の台詞は現実の言葉遣いを反映してユニセックスな言い回しであることも多いが、発話者が女性であることを際立たせるため、作家自身は女性語をほとんど使わない場合であっても、作品中では女性語が多用されることも少なくない。

主な言葉 [編集]
一人称は「私(わたし)」が基本形で、砕けた「あたし」もよく使われる。改まった場では「わたくし」。西日本では「うち」も用いられる(「うちの会社」等の用法と同じだが、他地域では一人称には用いない。ただし2004年頃から関東などでも「うち」を自称にする者が増えている)。
「…してくれる?」「変わらない?」など、用言の終止形を語尾上げアクセントで疑問形とする表現は、男性も用いるものの女性語的であり、実際女性によってよく用いられる。
標準語では男性語とされていた「僕(ボク)」「俺(オレ)」「俺等(オイラ)」などを一人称に使う女性もいる(ボク少女)。こうした女性はサブカルチャーの影響で使っていると見なされがちで、同性・異性を問わず疎ましいとか、はしたないと思われる場合が多く、私的な場で用いることにも拒否感が強い。
二人称は「あなた」が代表的であるが、同輩か目下には「お前さん」「君」「あんた」などの使用もある。

方言における女性語 [編集]
東京では女性語とされやすい「よ」「ね」「わ」は、地方によっては女性語ではなく男性も用いる(主に西日本)。
近江弁に「…したらどう?」と勧誘を示す「…したらわ」との言い回しがあるが、男性はまず用いず、女性語と言える。
関西弁には「いや」(あらまあ)や「~やる」(~られる)のような女性語があり、有名な「~や」「~ねん」「~へん」なども元は女性から男性に広まった言葉である。

女性語一覧
あ行 [編集]
あら 【感動詞】 ちょっとした驚きを表す言葉。
あたし 【一人称】 ややくだけた表現。複数形は「あたしたち」「あたしら」
あたくし 【一人称】 ややくだけた表現。
あたい 【一人称】 くだけた表現。元は下町女性の言葉で、現在は不良少女などが用いる。
あなた、あんた 【二人称】 女性が多用するが、男性も使う。複数形は「あなたたち」「あんたたち」
あそばす【尊敬の補助動詞】「ご結婚あそばしますそうで…」男性はほとんど言わない。
いえ、いいえ 【否定詞】 女性語の一般的な返事。男性もあらたまった場で使うが日常的な場では使わない。。
いやだ、いやだー、いやーん やーん【感動詞】 驚きを表現する言葉。何かを拒絶している意味合いは無い。「心が動揺せずに居られない」といった事から来た表現である。
うそ、うそー、うそっ、うっそー【感動詞】 驚き・相槌をあらわす言葉。男性も使う。一旦相手の言葉を疑ってみせる点で、近年男女共に用いる「マジで」と同じ。
うち 【一人称】 複数称は「うちら」。本来は関西弁だが、近年は他地域の女性と共に男性も使う例も多くなった。
うふっ、うふふ【感動詞】 女性の笑い声をあらわす言葉。
ええ 【応答詞】 女性語の一般的な返事。男性もあらたまった場で使うが日常的な場で使うことはほとんどない。
お 【丁寧語】 お菓子、お皿のように言葉の上に付ける表現。男性も幾分使うが女性は多用する傾向あり。美化語の一種。男性が用いる場合は「あなたの…」という意味であることが多い。自分が書いたのは手紙、あなたから届いたのはお手紙。
おほほ 【感動詞】 上流階級の女性の笑い声をあらわす言葉。

か行 [編集]
かしら、かしらん 【副助詞・終助詞】 女性がよく使う疑問の言葉。「か知らぬ」の変形で、男性も使用することがある。
かしこ、あらあらかしこ 【手紙】 女性が手紙の文章の最後につける。
かわいー 【感動詞】 たまらなく可愛いものを見たときの感動詞
きーっ 【感動詞】 女性が悔しがる時に発する言葉。
きゃっ、きゃー、きゃあ、きゃーっ 【感動詞】 女性の悲鳴の表現として使う。濁点が付くぎゃーは通常、男性の悲鳴表現に用い、女性が用いる時はよほど生理的・根源的な驚きや嫌悪から発したものとみなされる。
敬語、丁寧語のあとに「わ」「のよ」「かしら」「もの」といった終助詞をつける 「そうですわ」「いますわ」「ですのよ」「できますかしら」「ですもの」といった使い方をする。お嬢様言葉や貴婦人や年配女性などが使う用法とされる。
ごきげんよう 【挨拶】かつての女学校などで使われていた挨拶。出合った時、別れる時共用である。フィクションの世界では主にお嬢様言葉、貴婦人の言葉として使われる。
こと 【終助詞】 丁寧さを表す表現。「結構ですこと」などと用いる。

さ行 [編集]
ざます 【終助詞】 上流階級の奥様の言葉(山の手言葉)。岡山弁等にも見られる。
したら、したらどう【疑問詞】 女性がよく使う、相手に行動を促す言葉。
して【終助詞】 女性が疑問の意味で用いる言葉。「どうかして?」などと用いる。
じゃない 【副助詞・終助詞】 女性がよく使う疑問の言葉。アクセントは語尾上がりになる。
そう 【疑問詞・感動詞】 女性がよく使う疑問・相槌の言葉。
そいで 【疑問詞・感動詞】 「そいで、どうしたの?」というふうに使う女学生言葉。
カツサン オーダー メルトン キートーン 市田柿 オーララ ミルク 総合山風 スズラン レングス もくず フリル ジスト カッター チュニジ 紅の空 ピンプリ 凪笛 蜃気楼 除の鐘 パトロール オーバー リンター ダイア ヒプノ フィート ズーム ミニコミ 総合大河 マシン トッシュ テトラード フラワー シーエス ラカイト フシグロ トラッ オパール ネービー リスク ザーボード ボエポン ダイジ マター スケール セクト アスン アサイン チューン アース

た行 [編集]
だわ【終助詞】 創作の世界でもっとも女性を表現している言葉。
ちょうだい 「安心してちょうだい」「来てちょうだい」と言った言い方に使われる。
て【終助詞】 「何々をして」「帰って」という表現は男性は稀にしか使わないが女性では多用される。
どうして【疑問詞】 理由を尋ねる言葉。

な行 [編集]
なさい 命令を表す言葉。一般には名詞に直接付かず「勉強しなさい」となるところを、「勉強なさい」のように名詞からも直接続く。
ね 【終助詞】 創作の世界で多様されるが、比較的生きている女性語でもある。
の 【疑問詞】 男性も場合によっては使う。
のよ【終助詞】 創作の世界では「わ」や「かしら」と並ぶ主要な女性語。

は行 [編集]
ひどーい 【感動詞】 相手や第三者の非道に衝撃を受け、咎める表現。

ま行 [編集]
まあ 【感動詞】 語尾を上げるアクセントは「呆れた」との感情を示すもので女性語特有だが、終始高音の場合は通常の驚きや言葉のつなぎを意味し、男女とも用いる。
ませ、まし、まして 【終助詞】 どちらかというとお嬢様や貴婦人の言葉である。
もの 【終助詞】 「…だから」の意味。「ですもの」などと用いる。

や行 [編集]
よ 【終助詞】「わ」と並んで多用される女性語。

ら行 [編集]
ランラン、ルンルン 【表現】 主に少女、若い女性がご機嫌な様子。

わ行 [編集]
わ 【終助詞】 てよだわ言葉の象徴のような表現。女性語として使用される場合は上昇調であり、下降調のものは男性や若い世代の女性も使用する。
わね【終助詞】 これも創作の世界でよく使われる。
わよ、わよね【終助詞】 やや、すっぱな表現。
わたし 【一人称】 男性も公的な場では使う。複数形は「わたしたち」
わたくし 【一人称】 男性も使うが、女性言葉としては貴婦人やお嬢様の一人称とされる。創作の世界で多用される。

英語の女性語 [編集]
英米では言語表現の男女差はそれほど顕著ではないが、女性的と言われる表現もある。アメリカでは、強調のsoの多用、lovelyやwonderfulといった形容詞の多用、Oh dear!やHow....!、What....?などの感嘆詞を多用すると女性的な印象になると言われる。

2009年03月16日

平家の滅亡後

平家の滅亡(壇ノ浦の戦いを参照)後、鎌倉時代にははじめ源氏の崇敬を受けたが、政情が不安定になる中で徐々に衰退する。神主家を世襲していた佐伯氏は、1221年の承久の乱で後鳥羽上皇側についていたために乱後に神主家の座を奪われ、代わって御家人の藤原親実が厳島神主家となった。厳島神社は1207年(承元元年)と1223年(貞応2年)に火災に遭い、朝廷の寄進も受けて一応の再建はされたものの、戦国時代にかけて荒廃した時代であったと伝えられる。
スチック プロパ セッター スロープ サブセ ソンソ キラウエ くるくる デイユース ニクロム ルーガル ドードー トリコロ マリン ハイチ キュー ナビユー ワンダラー カバレ ファイト さやえん カスミソウ グラフ ラードツ リング シンプル パイロー サイン ワーク ワイヤ スペルラ ファイラー スペアイト ナビドウ クトリン スープ ドット スイート 弥生姫 クレド タフネス ダーク フレーバ アッラー フロー リキッド クチュリ フォア ザンス ファイブ

戦国時代に入ると、安芸を本拠に勢力を伸ばしていた毛利氏と、衰退しつつこそあったものの周防・長門を領有していた大内氏が対立し、安芸・周防国境はその最前線となる。厳島は周防から安芸への水運の要衝とみなされ、1555年(弘治元年)、毛利元就は厳島を舞台に、大内氏の実権をにぎる陶晴賢を討ち、大内氏を滅亡に追い込む(厳島の戦いを参照)。これ以後毛利氏は中国地方10か国(安芸・周防・長門・備中・備後・因幡・伯耆・出雲・隠岐・石見)を領有する大大名に成長して、のち関が原の戦いで西軍の総大将となる。もともと厳島神社を崇敬していた元就は神の島を戦場にしたことを恥じ、戦後はこの島の保護・復興につとめた。現在の厳島神社の基盤は、元就の社殿大修理によるところも大きい。

1587年(天正15年)、すでに関白太政大臣となっていた豊臣秀吉は、多くの戦で亡くなった者の供養のため、厳島に大経堂を建立するよう政僧・安国寺恵瓊に命じる。本堂に畳が857畳敷けることから「千畳閣」と通称される巨大な木造建築である(重要文化財)。柱や梁には非常に太い木材を用い、屋根に金箔瓦をふくなど、秀吉好みの大規模・豪華絢爛な建築をめざしていたことが伺えるが、秀吉の死により工事が中断されたため、御神座の上以外は天井が張られておらず、板壁もない未完成のままで今日に伝えられている。

考古学的には、町内での建設工事に伴う発掘調査により、菩提院遺跡や祝師(ものもうし)屋敷跡などの遺跡が発見され、中世から近世にかけての遺物が数多く出土している[3]。

幕末 [編集]
尊皇攘夷・公武合体を掲げる長州藩と徳川幕府の対立が頂点に達し、長州征討において厳島対岸も戦場となった。1866年(慶応2年)8月、第二次長州征討の停戦会談が厳島・大願寺において行われた。幕府方代表は勝海舟、長州藩代表は広沢真臣と井上馨。

勝海舟の自著「氷川清話」に、厳島の旅館で勝が毎日髪を結い直させていたというくだりがある。 「おれの首はいつ切られるかしれないよって、死に恥をかかないためにこうするのだ。」 と言うと、髪結いの老婆はすっかり怖がってしまったという。

近代 [編集]
1868年(明治元年)に神仏分離令が出されると、民衆を巻き込んだ廃仏毀釈運動が激化し、厳島の寺院は主要な7ヶ寺を除いてすべて廃寺となった。厳島神社や千畳閣などに安置されていた仏像等も寺院へ移されたり、一部が失われたりするなどしている。

1876年(明治8年)、老朽化していた海上の大鳥居が建て替えられた。これが現在の朱の大鳥居である。

初代の内閣総理大臣・伊藤博文は厳島の弥山三鬼大権現を厚く信奉しており、たびたび島を訪れている。三鬼堂や大願寺の掲額は、伊藤の直筆によるもの。また大願寺境内には、「伊藤博文お手植えの松」が9本残されている。なお、「宮島みやげ」としてのみならず、広島県を代表する銘菓となったもみじ饅頭の起源について、「伊藤博文が厳島を訪れた際に島の茶屋の娘をからかったエピソードを基に発案された」という説が広く流布している(もみじ饅頭の項を参照)。

島の東沖合いにある江田島に海軍兵学校が設けられたことから、神の島・厳島は兵学校生徒の尊崇も受けた。兵学校の訓練の一環として、弥山登山や遠泳も行われており、海軍の幹部にとっては思い入れのある島であるとともに、「神聖な島」というイメージが天皇への絶対的な忠誠という意識を喚起させていたことも、当時の日記などから読み取ることができる。

1889年(明治22年)、町村制により厳島町が発足。区域は厳島全島。

1923年(大正12年)、厳島は国の史蹟名勝に指定され、以後近代的な保護・整備体制が充実していく。

第二次世界大戦中には、厳島の南沖合いの柱島沖が聯合艦隊の泊地となり(柱島泊地)、海軍工廠を持つ呉市や、第2総軍・陸軍第5師団司令部が置かれた重要拠点・広島市の防衛上、周辺海域は重要さを増していた。厳島においても海岸に砲台や高射砲陣地が築かれ、そのうちのいくつかは現存している。

現代 [編集]
日本の敗戦と共に、厳島は連合軍・GHQに接収された。なお、島に棲息していた鹿がアメリカ兵によるハンティングの対象となって絶滅し、神使が失われたままでは困るのでサンフランシスコ講和条約後に奈良公園から移入した、といわれる。

1950年(昭和25年)、瀬戸内海国立公園の指定区域に厳島が加えられる。町名を「宮島町」に変更。

1952年(昭和27年)、「昭和大修理」竣工。

1959年(昭和34年)、宮島水族館が開館。現在では広島県唯一の水族館である。

1991年(平成3年)、台風19号により厳島神社左楽房(国宝)・能舞台(国宝)などが倒壊し、甚大な被害が出る。

1996年(平成8年)、厳島神社が世界遺産(文化遺産)に登録される。同時に原爆ドームも登録された。

2004年(平成16年)、台風18号により厳島神社左楽房・能舞台・平舞台・高舞台・祓殿・長橋・廻廊などが倒壊・浸水する。近年、海水面の上昇が著しく、ややまとまった雨量程度でも浸水の被害が出ており、地球温暖化との関連を指摘する声もある。

2005年(平成17年)11月3日、宮島町は大野町とともに廿日市市に編入される。ちなみに「廿日市市宮島町1-1」は、厳島神社である。

2009年02月26日

メルキア軍関係者

ジャン・ポール・ロッチナ
声 - 銀河万丈
ギルガメス連合・メルキア軍の情報将校で大尉。第1話でキリコを拘束し尋問するが逃げられ、ウドの街に潜伏される。PSの情報を知っているであろうと目するキリコを追跡・監視するが、その任務を解かれて以降はバララント軍の大佐として再登場、軍や秘密結社とは別にワイズマンの「ある意志」によりキリコの行動を監視し続ける。
彼の真の主人というべき存在が滅ぼされ、彼自身も死亡したと思われた後も、OVA『ビッグバトル』でバララント軍大佐として健在だったり、本編の32年後を描いたOVA『赫奕たる異端』ではキリコの記録を綴る老人となって登場したりと、テレビシリーズ終了後も謎の多い人物として登場する。OVA『ペールゼン・ファイルズ』では彼と瓜二つの情報省官僚・コッタ・ルスケが登場し、最終回で改名して軍に移ることを匂わせる台詞がある。テレビシリーズにおいてはキリコが装甲騎兵として出撃し始めた頃から見張るよう命じられていたと発言しているが、ペールゼン・ファイルズ登場時の行動がワイズマンの直接的な命令に従ったものか間接的な操作によるものかは不明である。
ディーテル・ロイル・バッテンタイン
声 - 戸谷公次
メルキア軍中将。「素体」を生み出したパーフェクト・ソルジャー育成計画に深く関わった。ロッチナの上官で、秘密結社に奪われた素体と関わりのあるキリコの追跡を命じた。
後に元帥まで昇進、ギルガメス連合最高執政官となるが、テレビシリーズと『赫奕たる異端』の間に起きた「アンティテーツ事件」によって死亡する。

クメン編登場人物
ゴン・ヌー
声 - 玄田哲章
傭兵基地アッセンブルEX-10の責任者であるクメン王国軍の将軍で、風貌そのままの一癖も二癖もある人物。右目は義眼になっている。ビーラーゲリラとの戦いの途中、ロッチナを介し本来はクメン政府と対立関係にあるメルキア軍と密約を結ぶ。そして奪われた素体を奪取し、戦後はメルキア軍に受け入れられる予定であったが、内戦の最終局面であるカンジェルマン宮殿での戦闘の最中にメルキア軍に裏切られ、同宮殿にて死亡したものと思われる。
カン・ユー
声 - 広瀬正志
キリコが所属したアッセンブルEX-10のAT部隊長で、階級は大尉。パイロットとしての実力はなかなかだが、人望、指揮能力に見るべき物はない小悪党。キリコを目の敵にして様々な嫌がらせを行うが、それが高じてゴン・ヌー将軍からの命令を無視した暴走を繰り返すようになり、部下からも信頼を失っていった。クメン編ラストであまりの卑劣さを見かねたル・シャッコにより高所から投げ落とされ、死亡したとされる。「ペールゼンファイルズ」エンディングのイラストや、劇中の写真の中にも登場。
ヒロラム・カンジェルマン
声 - 寺田誠
クメン王家の第3王子で王国親衛隊長で改革派だったが、突然クメン王国の性急な近代化路線に異を唱えて反乱を起こし、神聖クメン王国を建国した。しかしその真意はクメン王国の旧体制を象徴する者として、自分もろとも古い体制を消滅させ、クメンに真の意味で新しい時代を到来させようという「狙った負け戦」を意図したものであった。農民層を中心としたビーラーゲリラに加え、秘密結社と手を組むことで神聖クメン王国は急速に勢力を拡大したが、メルキア軍の軍事介入によって崩壊。目的が達成された彼は、かつての子飼いの部下であり友であったポタリアとの決闘による死を選んだ。(コミックボンボンでののなかみのる作画のコミカライズ版では別の結末となっている)
ポル・ポタリア
声 - 速水奨
元クメン王国親衛隊員でアッセンブルEX-10のエース格の一人。カンジェルマンのかつての部下であり友人で、「俺」「お前」で呼び合う仲であった。クメン編の後半ではキリコ、ル・シャッコ、キデーラらとともにPS奪取作戦に参加する。愛機はダイビングビートル。
ブリ・キデーラ
声 - 郷里大輔
アッセンブルEX-10のエース格の一人。当初はキリコにつっかかって行くことが多かったが、キリコの腕を認めてからはさり気なくサポートするようになる。金に汚い一面もあるが、戦友には概して親切である。愛機はダイビングビートル。クメン編ラストでイプシロンと戦い戦死。

サンサ編登場人物
ムサ・ザンジニイ
声 - 田辺宏章
ゾフィー・ファダス
声 - 山口奈々
惑星サンサの中古兵器ブローカー。かつてのサンサ星攻略戦で家族を失っており、レッドショルダーに対して激しい憎しみを抱いている。ゴウトの取引先の一つであったが、元レッドショルダーであるキリコを執拗につけ狙った。

OVAの登場人物
ヨラン・ペールゼン
声 - 大塚周夫
『ザ・ラストレッドショルダー』『レッドショルダードキュメント 野望のルーツ』『ペールゼン・ファイルズ』に登場。メルキア軍将校にして特殊部隊レッドショルダーの創設者。百年戦争当時の階級は大佐、終戦時には少将。理想の戦闘集団作りに傾倒する彼は「いかなる訓練、強化も優れた人的素材にはかなわない」「通常の人間からは理想の兵士は生まれない」と考えるに至っており、戦時中に見た「真空中でも死なない緑の泡に包まれた赤子」に衝撃を受け、以来「死なない兵士」をその戦闘集団に組み込むことを画策するようになる。その過程で「異能生存体(ペールゼンが命名した、生存確率が桁違いに高い生命体の呼称)」であるキリコの能力を渇望するも、「全てに疑いを持ち反抗的で支配されることを拒む」キリコの存在を憎むようになり、抹殺を図る。レッドショルダーの多大な戦果により軍部での地歩を固めるが、訓練中の死亡者の異常な多さや民間人の大量虐殺などが露見した事により終戦後失脚、その後は秘密結社に身を寄せて己の理想を追求していた。デライダ高地の施設に旧レッドショルダー隊員たちと潜伏、ここでイプシロンの開発に成功するが、キリコ、グレゴルー、バイマン、ムーザに施設を襲撃され、バイマンの機銃掃射を受け死亡する。
異能生存体の研究文書は後に「ペールゼン・ファイルズ」と呼ばれるようになり、『孤影再び』の時代でも軍人の間では伝説的な存在となっている。
グレゴルー・ガロッシュ
声 - 小林清志
『ザ・ラストレッドショルダー』『レッドショルダードキュメント 野望のルーツ』に登場。キリコのレッドショルダー時代の仲間で階級は先任上級曹長。バイマン、ムーザといった札付き隊員のリーダー格。気合を入れる時両手で顔を叩く癖がある。レッドショルダー隊に編入されたキリコを刺客ではないかと疑うが、リーマンのキリコ抹殺命令を遂行中にキリコの生存率の高さを確信し、以降バイマン、ムーザと共に仲間として行動するようになる。百年戦争終戦直前の転属先で瀕死の重傷を負い除隊。その後自らを陥れたペールゼンへの復讐のため、キリコを含めたかつての仲間を集めデライダ高地にある施設を襲撃する。PSとして覚醒したイプシロンの操るATブラッドサッカーの攻撃からキリコを救おうとして倒される。
バイマン・ハガード
声 - 塩沢兼人
『ザ・ラストレッドショルダー』『レッドショルダードキュメント 野望のルーツ』に登場。キリコのレッドショルダー時代の仲間で階級は伍長。札付き隊員の一人であり、ニヒルな皮肉屋で斜に構えた態度を見せ、ムーザとは時折衝突する事もあった。終戦直後の転属先で右手を失い義手に交換していたが、ペールゼン襲撃の際にもそれを悟られまいと本心を隠していた。デライダ高地施設の襲撃において敵(元レッドショルダー)と激闘、満身創痍でペールゼンの元へ辿り着き復讐を果たすが、その直後に力尽き死亡する。
ムーザ・メリメ
声 - 中尾隆聖
『ザ・ラストレッドショルダー』『レッドショルダードキュメント 野望のルーツ』に登場。キリコのレッドショルダー時代の仲間で階級は伍長。グレゴルー、バイマンと並ぶ札付き隊員の一人であり、寡黙で実直な性格の故バイマンと衝突する事もあったが、家族や戦友には忠実であった。終戦直後の転属先の作戦内容を家族に漏らしたとされ、そのために家族を殺されている(情報漏洩が事実かは不明)。キリコ達をペールゼンの元へ行かせるため、追ってきたイプシロンの駆るATブラッドサッカーを食い止めようと交戦し死亡する。
ラダァ・ニーバ
声 - 広瀬正志
『ビッグバトル』に登場。バララント側が開発したPS。PSと言っても生化学的手法を取るギルガメス製と異なり、身体に機械を埋め込まれているサイボーグである。ア・コバの街で「デンジャーメロン」のリングネームでバトリングをしていたが、実はバトリングを利用してのテストが目的だった。自分に瀕死の重傷を負わせ恐怖を植え付けたレッドショルダーを憎み、そのレッドショルダーだったキリコを殺すことに異常なまでに執着する。「人質として捕らえたフィアナの自由を奪ってATに乗せキリコたちを攻撃させる」「地上戦艦へのダイレクトリンクを施させた後、味方であるはずのバララント技術将校たちを殺害する」など、ギルガメス側PSとは違い、強い凶暴性が見られる。
エンディングクレジットでの表記は「ニーバ」であるが、「ニーヴァ」と表記した資料も存在し、混乱が見られる。語源はLada Niva。
バージル・カースン
声 - 竹村拓
『レッドショルダードキュメント 野望のルーツ』に登場。キリコと同期入隊のレッドショルダー隊員であるが、その正体はペールゼンを警戒しレッドショルダーの実態をつきとめようとするギルガメス軍上層部が送り込んだスパイであった。キリコを利用して任務を果たすが、第3次サンサ攻略戦の激戦の中で戦死する。
小説『ザ・ファースト・レッドショルダー』によれば、この名は偽名である。
インゲ・リーマン
声 - 池田勝
『レッドショルダードキュメント 野望のルーツ』に登場。ペールゼンの右腕で、惑星オドンにあるレッドショルダー基地司令官。階級は少佐。グレゴルーたちからは基地を収容所になぞらえて「所長」のあだ名で呼ばれている。「理想の兵士は徹底した訓練から生まれる」というペールゼンの考えに共感していたが、後にペールゼンが異能生存体説に転ずると異を唱え、第3次サンサ攻略戦ではキリコが異能生存体である可能性を否定するため自らATで挑むも、相討ちとなって死亡する(後述)。また、劇中にてリーマン機かと思われるブレードのついたATの残骸と彼と思われる遺体が描かれている。
ファーストネームは小説版でも記述がなかったが、『ペールゼン・ファイルズ』第1話の軍事法廷のシーンで初めてフルネームが出た。また、長い間不明のままだったサンサ戦での死因も、『ペールゼン・ファイルズ』1巻のライナーノーツにてキリコと相討ちとなり死亡したと設定された。
ペールゼンとはキリコをめぐって対立したが、手法はともかく訓練教官としての手腕は優れていた。AT乗りとしての技量も超一流であり、相討ちになったとはいえ、キリコが搭乗するATを撃破した数少ない対戦相手の一人である。これは、フィアナやイプシロン、ティタニアのような特別な処置を全く施されていない普通の人間を相手にキリコが撃破された唯一の例となっている。サンサ戦の後、キリコが自分の理想を実現する存在ではないと悟ったペールゼンは軍内部の影響力保持のため自分にとってレッドショルダーの重要性が増したと認識し、リーマンを失ったことを惜しんでいる。
テイタニア・ダ・モンテウェルズ
ファナテ ピータ ロール ネット ズック リゾラバ 君の瞳 バラブル ハンズ グラジ カナル ウェア ポテト イオン トッピグ タイペイ ライボー ナビスカ セリング サーマル リシン ぐんじょ かぼちゃ ワラビ ジェトロ 中葉春菊 てつむぎ スケボー ヨセミ カノ最新 カーゴ たかのす クチン マツバ 紅葉坂 リミット セイウチ 曼珠沙華 ブレード ワンマ イエロー スクリ キラー ヒュー フリージ スチナ さいさく パピル ライク キッズ

声 - 松岡洋子
『赫奕たる異端』に登場。氾銀河的宗教結社マーティアルの枢機卿モンテウェルズの一人娘。少女時代に交通事故で瀕死の重傷を負い、父親の手で次世代PS・ネクスタントに生体改造された。マーティアルへの貢献および高い戦闘能力を評価され、「秩序の盾」の称号を受ける。父の命を受けキリコ(この時代、キリコは「触れ得ざる者」と呼ばれ、「力は信仰と共にある」と説くマーティアルの教義に矛盾する存在と位置づけられている)の抹殺を図るが、戦いの中でキリコに惹かれてゆく。アレギウムに移送されてきた半蘇生状態のフィアナをキリコへの配慮から完全に蘇生させるが、皮肉にも、この判断が取り返しのつかない悲劇を招いてしまう。「補助脳」の発動によりキリコをAT戦で圧倒、機体を撃破した数少ない人物(その他は初回戦闘時のプロト・ワン、OVA・本編でのイプシロン)。
ヴィアチェフラフ・ダ・モンテウェルズ
声 - 山内雅人
『赫奕たる異端』に登場。氾銀河的宗教結社マーティアルの枢機卿にして惑星マナウラに中枢を構えるマーティアル第9セクターの指導者。かつてはギルガメス連合に属するマナウラ軍の士官であった。次期法皇の座を狙い、己の権勢を高めるため、ネクスタントに改造した娘・テイタニアを遣わし、キリコの抹殺を企てる。首尾よく法皇の座につくものの、テイタニアが敗北したショックで廃人となってしまう。
ゴディバ
声 - 江原正士
『赫奕たる異端』に登場。惑星マナウラの軍医長。かつてはマーティアルにて医学の研究をしていたが、キリコの扱いを巡って医学的見地からマーティアル本山アレギウムに異を唱え破門された過去を持つ。宇宙都市コンプラント墜落後、キリコを保護し治療したのを期に、アレギウム襲撃まで行動を共にする。アレギウム戦ではキリコから半蘇生状態のフィアナの再凍結を依頼されるが…。
医学者といっても、たいへん陽気な性格な男である。32年の時を経て再び天涯孤独の身で世に投げ出されたキリコにとって、新たな、そして貴重な相棒となった。

2009年02月10日

治承・寿永の乱

治承・寿永の乱(じしょう・じゅえいのらん)は、平安時代末期の治承4年(1180年)から元暦2年(1185年)にかけての6年間にわたる大規模な内乱である。後白河天皇の皇子である以仁王による挙兵を契機に各地で平清盛を中心とする六波羅政権ともよばれる平氏政権に対する反乱が起こる。最終的には、反乱勢力同士の対立がありつつも平氏政権の崩壊により源頼朝を中心とした主に坂東平氏から構成される関東政権(鎌倉幕府)の樹立という結果に至る。
マニャック フォーク 苺姫 夕べの鐘 オロシ メイド セル チウム スケート オカラヌス ジャグ スマイル 平安夢 リッジ ブング トランプ クション カセット スピリ ラフォーン シーダ トリプル ビロード ウエルト リング ネゲブ あかぼり ピグミー ラッフル シンカー リスク だいふく マシン バルク フリスビー キエフ ミルミル マルキ タッチ セグメント ネブラス セニョー ハマス とりゅふ アップ リヤス ラピス べにかば メモ スキーデ

一般的には「源平合戦(げんぺいかっせん、げんぺいがっせん)」あるいは「源平の戦い(げんぺいのたたかい)」などの呼称が用いられることがあるが、こうした呼称を用いることは適当でないとする議論がある
平安時代の末期、皇族・貴族内部の権力闘争が、保元の乱・平治の乱といった軍事衝突に発展するようになった。こうした内乱で大きな働きをした平清盛は、武士の身分でありながら異例の栄達を遂げ(平清盛の実父が白河法皇だったためとする説もある)、仁安2年(1167年)には太政大臣となる。平氏一門は主要官位を占め、多数の知行国を得て、事実上の平氏政権が成立した。

鹿ケ谷の陰謀
平清盛一族(平氏)の隆盛は、旧来の勢力である他の貴族や皇族の権益を圧迫した。武士身分出身である平氏への嫌悪も手伝って、貴族層を中心に平清盛政権への反発が密かに広まった。これが具体化したものが、安元3年(1177年)の鹿ケ谷の陰謀である。陰謀は程なく発覚し、荷担した貴族や武士(多くは後白河法皇の近臣)が追放された。この事件以降、平氏政権と後白河法皇の関係は急速に悪化した。

経緯
前期
以仁王の挙兵
治承3年(1179年)11月に平清盛によるクーデターで後白河法皇が幽閉され、翌年2月、高倉天皇が言仁(ときひと)親王に譲位(安徳天皇)。平氏政権は盤石の体制を築いていった。

治承4年(1180年)、皇位継承がほぼ絶望となった以仁王が、摂津源氏である源頼政の勧めに応じて、平氏追討・安徳天皇の廃位・新政権の樹立を計画した令旨を発して挙兵する。しかし挙兵直前に企てが発覚したことと併せて期待していた令旨に呼応する挙兵勢力も現れなかった。そして、平知盛・平重衡率いる平氏の大軍によって、同年5月に宇治の平等院で源頼政一族は敗死することになるが、この挙兵が後6年間にわたる内乱の契機となる。

関東武士団の挙兵
以仁王敗死の直後から、以仁王への同調者らによって令旨が各地に雌伏する河内源氏へと伝達された。そのうちの1人である源頼朝は、6月末頃から河内源氏累代の家人とされる相模・伊豆・武蔵の武士団への呼びかけを始めて、8月17日には、伊豆在住の山木兼隆を襲撃して殺害する。その直後、相模国石橋山にて大庭景親らと交戦して頼朝軍は惨敗する(石橋山の戦い)。

頼朝は、海路で安房国へ移動して相模三浦半島の豪族である三浦氏と合流した後、安房の在庁官人をはじめ房総半島の上総広常、千葉常胤、武蔵の足立遠元、畠山重忠らの諸豪族を傘下に加えながら急速に大勢力となっていく。この勢力の大部分は、関東一帯に勢力をはる平氏系武士であり、在地領主でもあった。当時、武士身分の領地所有は不安定であって頼朝軍への急速な武士の集結の背景には、武士による権利確立への強い希求があったのではないかと考えられている。10月6日、頼朝は先祖のゆかりの地である相模国鎌倉へ入って本拠地とする。これにより関東政権(後の鎌倉幕府)が樹立する。また、この時までに関東政権は関東南部の実質的な支配権を獲得している。

富士川の戦い
同時期に、関東では甲斐源氏の武田信義も挙兵していた。関東での状況を受けて平氏政権は平維盛、平忠度らが率いる追討軍を派遣した。追討軍は東海道を下り、10月18日、駿河国黄瀬川で源頼朝、武田信義の関東連合軍と対峙する。大軍を見て平氏軍からは脱落者が相次ぎ、目立った交戦もないまま平氏軍は敗走することとなった(富士川の戦い)。これに乗じて頼朝は上洛も検討するが、関東政権の大勢は東国経営の優先を望んだために鎌倉に帰還した。その後、頼朝は巨大となった武士団を統率するため侍所を新設し、和田義盛を別当、梶原景時を所司に任じる。

関東経営
当時の関東の武士にとって、最優先事項であったのは関東内部の政治的安定である。京都の中央政府への復帰を目指していた頼朝とは目的を異にしていたものと考えられている。頼朝には、自らの支持勢力の権利を確保することが求められており、実際に頼朝は、志田義広、新田義重、佐竹氏や足利忠綱といった関東在住の非支持勢力を排除するか、もしくは、屈服させることに非常に尽力している。

地方武士団・源義仲の挙兵
関東以外でも反平氏勢力の動向は活発となっていった。土佐の源希義をはじめ、河内源氏のかつての本拠地だった河内石川の源義基・義兼父子、美濃の土岐氏、近江の佐々木氏、山本義経、熊野の湛増、伊予の河野氏、肥後の菊池氏らのほか、若狭・越前・加賀の在庁官人など、多くの勢力による挙兵があった。

頼朝の挙兵と同時期の治承4年(1180年)9月、信濃の源義仲(木曾義仲)が挙兵し1181年6月横田河原の戦いで勝利を収め、信濃から越後を席巻した。一時は上野まで進んだが頼朝とは合流せずに北陸方面へ転進する。その後、義仲を頼って来た以仁王の子(北陸宮)を推戴し、北陸一帯を平定した。

清盛の死
畿内においても寺社勢力を中心に反平氏勢力の動きが活発化していた。それを封じるため、治承4年(1180年)12月、平重衡は東大寺・興福寺を焼き討ちにした(南都焼討)が、より一層、平氏への抵抗を強める結果となった。治承5年(1181年)1月には、紀伊の熊野三山勢力が挙兵して、伊勢や志摩で平氏側勢力と交戦するという動きもあった。

そうした中の同年閏2月に、平清盛が熱病で没して平氏政権は強力な指導者を失う。しかし、直後の3月、平氏政権は再び東海道へ追討軍を派遣し、尾張墨俣川で関東政権軍と会戦して平氏軍が勝利を収めた(墨俣川の戦い)。この結果、源氏軍による東海道方面の進撃は一時中断することとなる。 しかし平家はこの年から活発化した北陸の反平家勢力の蜂起は見過ごすことができず、8月に平通盛・経正を将とする軍を派遣する。しかし、通盛と経正の連携が上手くいかない上に、兵糧不足になやまされた平家は北陸地方の反乱を鎮圧することができずに北陸から撤収する。

この年、京都では「養和」と改元されたが、頼朝ら反平氏勢力はこれを認めずに治承の元号を用いた。この年から翌年にかけて養和の飢饉という大飢饉が起きたことに加え、平氏政権は安徳天皇の大嘗祭の実施(11月24日)を優先し、源氏軍も頼朝が未だに平治の乱の赦免を受けておらず、上洛のための政治的・軍事的条件を整える時間が必要であった。九条兼実の日記『玉葉』にはこの年の8月1日条にて、先頃後白河法皇の元に頼朝の密使が送られたことを記している。

中期
源義仲の上洛
源義仲の勢力を討つために、寿永2年(1183年)4月、平氏は平維盛、平通盛率いる大軍を派遣する。平氏軍は越前、加賀の反乱勢力を破って5月には加賀・越中国境の倶利伽羅峠で義仲軍と対峙したが敗北する(倶利伽羅峠の戦い)。

義仲軍は、北陸宮を推戴しながら京都へ進軍して源行家、多田行綱(源行綱)、安田義定(源義定)らの多方面攻撃によって平氏の京都防衛線を破る。そして7月、平宗盛を中心とする平氏一門は、安徳天皇や三種の神器を保持しながら都落ちして西国に逃れていく。義仲軍は上洛を果たす。当初、後白河上皇以下、貴族から庶民まで義仲の入京を歓迎したが、前年の飢饉の影響により義仲軍を養う食糧が不足して義仲軍は市中で略奪や狼藉を始めたために義仲の評判は落ちて、源頼朝の上洛を願う声が高まっていく。

同年9月、義仲軍は平氏追討のため山陽道へ出立して閏10月に義仲軍は備中水島で平重衡率いる平氏軍に敗れる(水島の戦い)。これにより山陽道の平氏勢力が盛り返して義仲は連敗しながら京都に帰還する。

寿永二年十月宣旨
頼朝は、後白河法皇から上洛を催促されたが、鎌倉に留まって逆に法皇へ東海道・東山道・北陸道の国衙領・荘園をもとのように、国司・本所へ返還させる内容の宣旨発布を要請する。その結果、法皇は義仲への配慮のため北陸道は除いたが、ほぼ上記の内容を認める寿永二年十月宣旨を頼朝へ発して東海道・東山道の荘園・国衙領を元の通り領家に従わせる権限(沙汰権)が頼朝に認められた。頼朝は、既に実質的に東国を支配していたが、この宣旨発給は、頼朝が東国支配権を政府に公認され、その正統性を獲得したことを意味する。

義仲の滅亡
一方で、頼朝は、義仲に対する牽制として源範頼、源義経らに京都への進軍を命じて範頼・義経軍は11月初めには近江まで到着した。その間、山陽道で敗北を重ねていた義仲は、京都への帰還直後に法皇との関係が決裂して味方の離反もあり孤立感を深めていった。11月19日、義仲は後白河法皇を幽閉し、摂政近衛基通や院の近臣を更迭した後に松殿師家を摂政に任じるクーデターを行った(法住寺合戦)。この結果、法皇と義仲の連携が成立して12月に法皇は義仲に頼朝追討の院宣を発した。そして翌3年(1184年)正月、義仲は征夷大将軍(または征東大将軍)に任命された。これは緊急時における政治大権を武士に付与することを意味する画期的な事件でもあった。

このような情勢下の1月20日、範頼軍と義経軍は、それぞれ京都近郊の勢多と宇治で待ち受ける義仲軍と交戦して勝利し(宇治川の戦い)、義経軍はそのまま入洛して法皇の身柄を確保した。義仲は近江粟津で戦死した。

後期
一ノ谷の戦い
義仲の滅亡に至るまでの間、平氏は勢力を立て直し寿永3年(1184年)正月には摂津福原まで戻っていた。京都に駐留していた範頼・義経軍は、後白河上皇による平氏追討の宣旨を獲得して京都から福原へ向かう。範頼・義経軍は二手に分かれて平氏軍を急襲する。激戦の末、平氏軍を海上へ敗走させた(一ノ谷の戦い)。この戦いで平氏は多くの有能な武将を失い、後の戦いに大きな影響を及ぼした。

屋島の戦い
一ノ谷の戦いで敗れた平氏は讃岐屋島に陣を構えて内裏を置いた。鎌倉政権軍は水軍を保有しておらず、源氏方は水軍編成のために、平氏方は兵力再建のために暫く休戦が続いた。半年が経過した8月、範頼軍は平氏軍を背後からつくため山陽道を進軍したが、長く延びた戦線を平行盛によって分断された。また、関門海峡も平知盛によって封鎖されて兵糧不足に陥った。元暦2年(1185年)、範頼軍は九州へ渡ったが、思わしくない戦況に頼朝は義経へ平氏追討の命令を出した。同年2月、義経は阿波勝浦へ上陸後、在地武士を味方に引き入れて陸路屋島の平氏本陣を攻め落した(屋島の戦い)。

壇ノ浦の戦い
屋島の戦いの後も、瀬戸内海を中心に小規模な戦闘が続いて両者とも一進一退を繰り返していた。しかし、範頼軍に援軍が来るという情報を得た平氏軍は長門へ撤退する戦略を選択する。この結果、平氏軍は関東政権軍へ瀬戸内海の制海権を明け渡すこととなり、熊野別当湛増が率いる熊野水軍や、河野通信らの水軍を始めとする中国・四国の武士が続々と鎌倉政権へ味方した。

元暦2年(1185年)3月24日、関門海峡の壇ノ浦で平氏軍と関東政権軍の間で海戦が行われた(壇ノ浦の戦い)。午前6時頃、平氏軍からの攻撃により戦いは始まった。序盤は平氏が優勢であったが、正午過ぎから平氏が劣勢となっていく。阿波水軍の裏切りもあり平氏の敗色が濃厚となるに従って、平氏の武将は海へ身を投じていき、安徳天皇と二位尼も三種の神器とともに入水した。この戦いで平氏は滅亡した。

意義
平氏政権の排除
乱の以前、平氏政権は主要官職を占めて多くの知行国を保有していた。このために、平氏政権に権益を奪われた旧勢力(皇族、貴族、寺社)により平氏政権の排除が企図された。最終的にはそれが成功したのだが、旧勢力は平氏政権が保有していた権益をすべて奪還することはできなかった。

武士政権の成立
旧勢力に平氏政権を排除する力(軍事力)はなく、その力を持っていたのは武士層であった。当初、関東や北陸で勃興した反平氏勢力は、旧勢力の期待するところであって平氏政権を排除した後は、それまでの歴史の通りにいずれ中央政府に帰順するものと考えられていた。しかし、これらの反平氏勢力は平氏追討を建前として掲げてはいたが、本音では自らの権利の確保、そして中央政府からの一定範囲での独立を真の目的としていた。旧勢力にとっては、武士はあくまで家人であって対等の相手として扱う対象ではなかった。そのため、旧勢力は東国武士たちの本音を読みとることができずに目先にある平氏打倒という目的のため、寿永二年十月宣旨の発給や源義仲の征夷大将軍への任命などといった、武士への大幅な権限委譲への道を開いてしまう。

そして、結果的として鎌倉幕府の成立がもたらされる。草創期の鎌倉幕府は、東国の支配権を有するのみだったが、それは当時の幕府を構成する武士たちにとって十分満足できる結果だったはずである。

だが、創成期の武家政権と既存の朝廷勢力の権限を巡る駆け引きと緊張関係は引き続き存在し、その一応の解決をみるのは承久の乱以後の事である。

「源平合戦」という呼称について
治承・寿永の乱は、源平合戦(または「源平の戦い」)と呼ばれることも多い。この争乱が以仁王の「平氏追討」の令旨に始まること、平氏政権から頼朝政権(鎌倉幕府)に交代したこと、民間レベルでは『平家物語』や『源平盛衰記』などの影響から清盛・宗盛ら平氏一門と頼朝・義経・義仲ら源氏一門の争いと受け取られてきたことなどが、この呼称を生んだといえる。

しかし、平氏政権に反旗を翻した勢力は源氏一族のみで構成されていたわけではなく、単純に源氏と平氏の争いとは言えない。また、この争乱は、一族や家族、地域の共同体という横の絆と、主君と家臣という縦の絆の相克があり、命を懸けて戦った武士の全てが源氏や平氏という特定氏族に収斂されるわけでもない。更に、平氏政権も頼朝政権も共に「院政の克服」という歴史的課題を背負い、その中から生じた政権であることなどから、歴史学上はこの呼称は適切とは言えず、年号を付して呼ぶ方が妥当であるとされる。

また、「源平合戦」の呼称は、氏族を強調するあまり、源氏と平氏の氏族内のねじれ関係をうまく説明できない。確かに、甲斐源氏の武田信義や木曾の源義仲など、反平氏の掛け声のもとに挙兵をした源氏一族は多い。しかし、源氏一族に属していても、平氏に縁(ゆかり)や義理があって同族に弓を引いた者もいた。この現象は、平治の乱に既に見られる。摂津源氏の源頼政は、河内源氏の源義朝とは完全に別行動を取っている。

源氏同士、平氏同士が争う現象は日本各地で見られた。父系で見れば源氏だが、母系で見れば平氏、またはその逆という武将も少からずいて、去就に苦慮した者や、一族が2つに分かれて争った者もいる。一族相克の物語は戦国時代に多いが、この時代に既に始まっている。武士は発生当初から血縁的要素よりも地縁的要素の強い集団であったが、この乱は日本を一層の地縁社会へと導くことになった。

源頼朝に従った平氏
北条時政、熊谷直実、畠山重忠、梶原景時、三浦義澄、千葉常胤、上総広常 など多数。

源頼朝に従わなかった源氏
新田義重、志田義広、佐竹秀義、源季貞 など。

2009年01月24日

Scramble Commanderシリーズ


リーゼント ミニスト 検索うり きえいよこ マンテ コニャック デュレ ピッコロ サイレン ブリストル カレワラ タワー国内 システ はけご フィット 砂時計 ドレート シェフレラ リラキ 純潔 プランナ モダニスト オフサイド サステナ チリソース フクシア ブルー タグボ ゴスペル ラシャ テキント ファロス うばざくら パンドラ エレガ チャネリ オート 紅梅 チキク イオ次 ブラック ドアチェーン パドル ローラシ かいこう 亀王 クロノ タックル マンス インワン
システムにリアルタイムストラテジーを採用し、ロボットがリアルサイズの3Dで描かれている従来のスパロボとは全く異なるシリーズ。連番にはなっているが、シナリオに繋がりは無く、全て独立した作品となっている。開発はベックおよびエヌケーシステム。

スーパーロボット大戦Scramble Commander(PS2、2003年11月6日)
スーパーロボット大戦Scramble Commander the 2nd(PS2、2007年11月1日)

その他単独作品
スーパーロボット大戦(GB、1991年4月20日) - スーパーロボット大戦シリーズ第1作。開発は旧シリーズを製作したウィンキーソフト。
新スーパーロボット大戦(PS、1996年12月27日) - 戦闘アニメが初めてフルボイス化され、ロボットがリアル等身で描かれた作品。開発は旧シリーズを製作したウィンキーソフト。
新スーパーロボット大戦スペシャルディスク(PS、1997年3月28日) - 『新』のファンディスク。
スーパーロボット大戦64(1999年10月29日、N64) - 開発は招布。
スーパーロボット大戦リンクバトラー(GBC、1999年10月1日) - 『64』の未来を舞台とした作品で、様々なリンクが可能。
スーパーロボット大戦MX(PS2、2004年5月27日) - 『COMPACT』シリーズと様々な共通点がある。
スーパーロボット大戦MX ポータブル(PSP、2005年12月29日) - 『MX』の移植+α。
スーパーロボット大戦GC(GC、2004年12月16日) - 開発は任天堂携帯機シリーズを製作したエーアイ。
スーパーロボット大戦XO(XB360、2006年11月30日) - 『GC』の移植+α。
スーパーロボット大戦Z(PS2、2008年9月25日)
スーパーロボット大戦Zスペシャルディスク(PS2、2009年3月5日発売予定) - 『Z』のファンディスク。
スーパーロボット大戦 スクランブルギャザー (トレーディングカードゲーム、1996~2001年) - テレビゲームでは無く、スーパーロボット大戦を題材にしたトレーディングカードゲーム。発売元はバンダイ。

シリーズの特徴

戦闘シーン
本シリーズの大きな見所のひとつである「戦闘シーン」では、アニメ主題歌などのBGMとパイロットの台詞と共に、原作を再現した攻撃アニメーションで、自軍機と敵軍機による戦闘が表現される。演出は「原作と同じ声優による声が入れられる」「パイロットのグラフィックがカットインで挿入される」「ロボットの挙動が複雑化する」など、新しいハードに移行するにつれ進化している。しかしプラットフォームをPS2に移してからは演出面で劇的に進歩している。戦闘シーンの複雑化によりプレイ時間が長くなったため、最近では戦闘の発生する前にアニメーションを表示しない簡易戦闘を選択したり、一度始まった戦闘シーンのスキップや早送りができるようになっている。

特に「α」以降の派手な戦闘アニメーションに対する評価は高く、新作の店頭デモが公開されると人だかりが出来ることがある[11]。また、戦闘アニメーション部分のみを真似たパロディ作品やMADムービーなども制作されている[12]。

戦闘中の掛け合い
パイロットの戦闘シーンでの台詞は、当初は決められた台詞がランダムで挿入されていたが、『スーパーロボット大戦F』以降の作品では、作品やシリーズに沿ったキャラクター同士の場合それに応じた台詞が挿入されることがある。なお、作品によっては幾つか例外もあり、例えばガンダムシリーズのキャラ同士の戦闘の場合、敵味方を問わずガンダムタイプ専用の台詞が挿入されることがある。マジンガーシリーズ、ゲッターロボ、鋼鉄ジーグといった、ダイナミックプロ関係の作品同士の組み合わせでも作品の枠を超えた台詞が挿入される。ヒイロ・ユイは、声優の趣味で作品によってはシリーズを問わずガンダムの機体や、敵キャラクターの名前を言うことがある。また、鋼鉄ジーグも声優の関係でガンダムやシャア・アズナブルに強く反応するなど、声優に関係した台詞も徐々に増えつつある。『スーパーロボット大戦α外伝』ではガンダムシリーズ以外の登場作品のキャラクターがティターンズと喋ったりした事もあった。

世界観
各作品の背景や設定などは大半が原作を踏襲しているが、統一感を持たせる為に一部組織や年表、スケール感などに関しては変更や擦寄せが行われてるケースが見られる。以下はシリーズを通して見られる世界観の例である。

宇宙コロニーへの移民が行われている。
宇宙移民と地球を統合する国家が対立している。
日本にスーパーロボットの研究所が集中している。
様々な異星人や先住種族からの侵略にさらされている。
一般人の文化レベルは現代とさほどかわらない。

パラレルワールド
旧シリーズや『α』シリーズ、『OG』シリーズ、『スーパーロボット大戦COMPACT2』3部作以外の各作品は作品間で物語が繋がっていないが、パラレルワールドの関係にあるとされている[6]。『第3次スーパーロボット大戦α 終焉の銀河へ』では『スーパーロボット大戦MX』(のパラレルワールド)が崩壊後、『α』シリーズの世界が誕生した事が作中で示唆されている。その他『ヒーロー戦記 プロジェクト オリュンポス』と『スーパーヒーロー作戦』も本シリーズとパラレルワールドである事が示唆されている。『スーパーロボット大戦Z』では今まで匂わせるに留まった平行世界観を前面に押し出されたシナリオが展開された。

このようにスパロボの世界設定の根本的な部分に、パラレルワールドの存在があることを寺田プロデューサーが明かしている[6]。

ャラクターの扱い

スーパーデフォルメ(SD)
本シリーズに登場するロボットは新やスクランブルコマンダーシリーズを例外として基本的にSDサイズで描かれており、CGムービーや必殺武器などを使用する際のカットイン演出時にのみリアルサイズで描かれる演出がなされている[13]。これは、ロボットの大きさや表現の異なる各原作を登場させる際に違和感を軽減させるための措置であり[14]、源流となったコンパチヒーローシリーズから受け継がれた手法である。

スーパーロボット・リアルロボット
登場するロボットはスーパーロボット(スーパー系)[15]・リアルロボット(リアル系)の2種に分類されており、定義は観念的なものだが概念としてわかりやすいため、以後多くの業界やファンにも受け入れられている。他の娯楽作品でロボットが登場する場合、スーパー系またはリアル系と呼称することがあるのはここに由来する[5]。

原作とは異なる結末
本シリーズでは、原作では死亡する事で登場しなくなるキャラクターが最後まで登場することがあり(『機動戦艦ナデシコ』のダイゴウジ・ガイなど)、「原作で救えなかった者を救う」という事がテーマの1つとなっている[9]。逆に、原作では生存しているのに本シリーズでは死んでしまうパターン(主な例は『闘将ダイモス』の三輪長官、『機動戦士Zガンダム』のヤザン・ゲーブル、『機動戦士Vガンダム』のカテジナ・ルース、『機動新世紀ガンダムX』のフロスト兄弟など)も稀ながら存在している。

シリーズ独自の設定
キャラクターの中には原作には無い設定が付け加えられているものもあり、特に顕著な例として『無敵鋼人ダイターン3』の破嵐万丈(破嵐財閥の当主)・『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』のバーナード・ワイズマン(ザクへのこだわり)・『ゲッターロボ』のジャック・キング(性格、口調が全く異なる)が上げられる。現在では原作を尊重し、このようなオリジナルの設定が付け加えられることは少ない。

また原作者の協力を得た上で本シリーズ用にゲッターロボやマジンガーZに変わる新たな機体として、マジンカイザーや真ゲッターロボなどが登場している。これらはオリジナルストーリーでOVA化され、その際には上記のジャック・キングの設定がそのまま採用されるなどもしている。

オリジナルキャラクター
一部の例外を除き、『第2次スーパーロボット大戦』以後の作品には、バンプレストオリジナルと呼ばれるキャラクターやロボットが登場し、更に『第4次スーパーロボット大戦』以後の作品には、ゲームオリジナルの主人公キャラが登場する。これらはプレイヤーの分身として扱われたり、異なる作品間に関係性を持たせる要素となることが多く、最終ボスに関してもオリジナルキャラクターである事が多い。

2009年01月17日

クリスタル

シリーズ作品の中では共通の世界観として、あらゆる力の源である「クリスタル」を中心とする世界が描かれる事が多い。「クリスタル」にあたる位置に『FFVI』の「魔石」や『FFVII』の「マテリア」などがあてられる場合もあるが、その基本的な役割に大きな変更はない。ただ、『FFVI』以降に発売された作品では「クリスタルを中心とした世界」の枠にとらわれず、作品ごとに多彩な世界が描かれる傾向にある。こういった理由で、ストーリー的には全シリーズを通した共通のテーマ性などが全く見られないと思われる事が多い。しかし一つだけシリーズを通して変わらなかった物と言えば、正式ナンバーでは全て人若しくは個性を持った生命体の、命の物語であるという所であろう。

ドラゴンクエストシリーズなどとは異なりナンバリングタイトル同士の直接的つながりはなく、聖剣伝説・FFTなどの外伝も続編として作られたものではない。『FFI』‐『FFIII』‐『FFV』間や、『FFII』‐『FFIV』間や、『FFVII』‐『FFX』間や、『FFIII』‐『FFXI』間のように間接的なつながりを暗示するものもあるが、これらにおいても、あくまで古い作品のストーリーは新しいものの中で伝説・逸話として語られるにとどまっている。

ただし一部の人物名、キーワード、デザインの中には、シリーズ共通のものもあり、シド(人名)、飛空艇、チョコボ、ビッグス&ウェッジ、ギルガメッシュ、ポーション、ギル(通貨単位)などは代表的な例である。シドは老人であったりヒゲオヤジであったり青年だったりと、作品ごとに容貌、役回りは異なるものの飛空艇発明家として登場することが多い。ほか、ほぼ全作品にバハムートと呼ばれる屈強な竜が登場するが、本来竜ではないこの神話的幻獣を、日本で竜のイメージとして定着させたのはこの作品によるところが大きい。
シンジケ ビシー リング 毬つき パイラ ハート ピーフォ プロフ たらのき ドロー サバラン かっぽう レッドベ カード シップ バーディ デシジョン たらのき キャスク レザー ギブアン デコーダ トップ パパイヤ バイオレ オロジー テルミン テンレポ カクタス モスク もくず ミシンポ ワンコイン フォルシェ ブルガリア トロント ルーメン タウン オーソス シライド おにしま レーサコテ ファイン パワー バカロ ショーツ メニュー ヤングリ マイカー ふとう

近年では『FFX』と『FFX-2』のように、同じ世界を使用した続編を製作する流れがあり、"COMPILATION of FINAL FANTASY VII"や「イヴァリースアライアンス」"FABULA NOVA CRYSTALLIS FINAL FANTASY XIII"と共通の世界観を持つ作品群を複数発表している。『FFXII』と「イヴァリースアライアンス」のひとつである『FFXII RW』は、主人公を同じとする続編として登場した。

ハード環境の進展に応じて、ATB(アクティブタイムバトル)やアビリティシステムなど、常に新たなシステムを試みている。これは小改良のみで基本的なシステムの変更が無いドラゴンクエストシリーズやポケットモンスターなどとは異なる特徴である。また、美麗かつ大規模なグラフィック、映画のようなストーリー演出と、徐々に広がる世界のスケールの壮大さも本シリーズの魅力である。積極的にムービーやボイスを利用する演出も他の大作RPGシリーズとは異なる。しかし一方で、プレイヤーのストーリー進行の自由度が失われているという見方もある。また、近作は新規ユーザー(主に女性や、ゲーム初心者などのライトユーザー)を獲得するためか、グラフィックやストーリーに偏りすぎ、難易度も大幅に低下したため、旧作のような「手応えのあるゲーム性」がないと、特に古参のゲーマーから批判が相次いでいる。しかし、フルリメイクされたDS版FFIVはFF屈指の高難度に設定されているなど、開発側も難易度の件については意識しているようである。

ゲームの作り方においても他のゲームとは異なる。一般的なゲーム製作ではゲームエンジンありきでゲームを製作するのが普通であるがFFはそれぞれの作品に応じてエンジンを作りゲームを製作する。SFC版の『FFIV』以降は全て違うゲームエンジンを使ってゲームを製作してきた。しかし、この方式では1作品を作るごとにゲームエンジンを作ることになり開発費の高騰につながるため、そういったゲームエンジンをFFシリーズ内において共通化することが今後の課題となっている。

『チョコボの不思議なダンジョン』や『チョコボスタリオン』など、FFシリーズならではの“世界観”と他会社等の“既存のシステム”を応用して製作される外伝作品も多い。

ゲームシステム
コンピュータRPGとしては、主人公とその仲間を操作して、モンスターとの戦闘を繰り返し経験値やそれに類するポイントを蓄積してパワーアップし、徐々に行動範囲を広げていき最終的に架空世界の危機を救う、といった典型的なものである。しかし、新作を出すたびにその時代における革新的なシステムを提示しており、それがこのシリーズをゲーム業界有数のタイトルに押し上げてきたといえる。

成長システム
基本的にレベルを上げる事で成長するが、「ジョブ」・「スフィア」といった要素のポイントを貯め、アビリティを習得して行く事が中心になっている作品もある。作品ごと独自のシステムについては、各作品のシステムの節を参照。

レベル制
『FFII』『FFX』以外で登場する。経験値をためることによってレベルを上げるシステム。これを上げればキャラクターは強くなる。
基本的にレベル制では、戦闘で得られる経験値から、戦闘終了時点での戦闘可能状態の人数分で経験値を分配するシステムとなっている。
但し、『FFVIII』では戦闘で得られる経験値を、戦闘終了時点で戦闘可能なキャラに均等に分配した上で、敵にトドメを刺したキャラにはボーナス値を与えるシステムになっている。
また『FFXI』では敵とキャラクターのレベルの比較により経験値が決定され弱くなるにつれ経験値が減り、あまりに弱い敵からは経験値が入らなくなる。『FFXII』でも、強くなると徐々に弱い敵から得られる経験値が減る傾向がある。
例外的に『VIII』では敵のレベルも上がる。
ジョブシステム
『FFI』『FFIII』『FFV』『FFタクティクス』『FFX-2』『FFXI』『チョコボの不思議なダンジョン 時忘れの迷宮』で登場する。ジョブ(職業)に転職(変身)し固有の特殊技能を使用できるようになったり、能力値が変化する。各シリーズの登場ジョブは様々である。
熟練度システム
『FFII』に登場する成長システム。キャラクターの戦い方や行動の内容によって熟練度が蓄積され、使った各魔法や武器、盾のレベルが上がる。そのほかのステータス上昇もある。厳密に言えば熟練度システムではないがスキルシステムとして、『FFXI』に同様の物が存在する。
アビリティシステム
ジョブ固有の能力、ないし特殊な能力をプレーヤーの好みに合わせて装着・解除できるシステム。
魔石システム
『FFVI』に登場する「魔石」を使用したシステム。魔石を装備することにより、それに対応した召喚獣を召喚することができるほか、魔石固有に設定されたアビリティを習得することができる。
マテリアシステム
『FFVII』に登場する「マテリア」を使用したシステム。マテリアごとに固有のアビリティが設定されており、それを武器や防具の空きスロットに装着することによってその能力を引き出すことが出来る。また、マテリアは戦闘を重ねることで成長する。
ジャンクションシステム
『FFVIII』に登場するGF(ガーディアン・フォース)を使用する成長システム 。魔法を敵キャラから『ドロー』というコマンドで入手したり、アイテムから精製するなどして作り、それを力や魔力などの各パラメータに装着することによってキャラを強化する。
装備アビリティシステム
アクセサリシステムの発展型。レベルアップの成長をカスタマイズしたり、装備に存在するアビリティを習得するシステム。『IX』の項目を参照。
スフィアシステム
『FFX』に登場する「スフィア」を使用した成長システム。スフィア盤という巨大な双六盤のようなボードの上を、戦闘で稼いだスフィアレベルを消費しながら進んでいく。各コマには力を上げたり魔法を習得したりと、様々な効果が設定されているので、それに対応したスフィアを使ってアビリティを入手していく。
ライセンスシステム
『FFXII』に登場する成長システム。魔法や装備は、たとえ所持していてもそれに対応するライセンスを持っていないと使用・装備ができない。そこでこのライセンスボードを使ってライセンスを習得し、キャラを成長させていく。基本的にはスフィア盤に似ているが、こちらはどこに何のアビリティがあるのかが見えないため、手探りで進んでいかなければならない。